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2012年6月11日月曜日

ジャン=バティスト・ミシェル: 歴史の数学分析

ジャン=バティスト・ミシェル: 歴史の数学分析


 

内容

数学を使って歴史について何を語れるでしょうか?TEDのフェロー、ジャン=バティスト・ミシェルによると「意外と多く」です。言葉の変化や戦争の規模などの例を取り上げ、電子化された歴史が、その根底にある深い規則性の姿を見せ始めたことを紹介してくれます。




簡単にまとめると、


動詞の過去系の変化の仕方、戦争の規模などを数学的に処理するとなにが見えてくるのか?
→脳が物事を相対的に見ているということがわかる


すべての書籍を電子化し、数学的処理をすれば面白いものが見えてくる。
Ngram Viewer

2012年2月22日水曜日

ジャチェック・ウツコは問う「デザインは新聞を救えるか?」

ジャチェック・ウツコは、東ヨーロッパの新聞をリデザインすることで数多くの賞を受賞するだけでなく、購読数を100%まで回復させたポーランドの新聞デザイナーです。良いデザインは新聞を救うことができるのでしょうか?できるのかもしれません。

 



->ジャチェック・ウツコは問う「デザインは新聞を救えるか?」 (6:08)


20年前に、新聞のデザインを変えて大成功しました。


パソコンやインターネット、スマートフォン、タブレットなどが普及した今、新聞がデザインで生き残ることはできるでしょうか?

自分は、この公演を聴いても生き残れるとは思いませんでした。

2012年2月8日水曜日

TEDxTokyo - 石井 裕教授 - The Last Farewell -

TEDxTokyo 2011年5月21日 お台場Miraikanにてライブ収録


 



->TEDxTokyo - 石井 裕教授 - The Last Farewell -


ITと危機との関わりについて

2012年2月6日月曜日

シーラ・ニーレンバーグ「失明した網膜への新たな補綴治療」

TEDMEDにて、特定の失明状態を抱える患者に対して視覚回復が望める大胆なアプローチを、シーラ・ニーレンバーグがご紹介します。補綴装置を視神経に直接つないで、網膜から電気信号を脳に送信するという方法です。
 



->シーラ・ニーレンバーグ「失明した網膜への新たな補綴治療」 (10:05)



失明した人の視神経に外部から電気的な信号を与え、モノが見えるようにする眼の補綴(ほてつ)装置の研究が進んでいます。


今回の講演者であるシーラは、以前より遥かに認識できるエンコーダ(変換器)を開発しました。


外部刺激と脳の認識のための変換方法が解明されてくれば、眼だけでなく、運動神経や他の感覚にも応用できるのではと期待されます。

2012年2月2日木曜日

セバスチャン・ウェルニッケ 「TEDトーク1000個、6つの単語で」

セバスチャン・ウェルニッケは、すべてのTEDトークは6つの単語で要約できると考えています。TEDxチューリッヒという舞台で彼はその方法を披露します。
 



->セバスチャン・ウェルニッケ 「TEDトーク1000個、6つの単語で」



1000個あるTEDトークを要約して、更に要約して、もう一度要約・・・


するとたった6単語まで要約することが出来ました。

結果は

↓反転
"Why the worry? I'd rather wonder.
 「なぜ悩むのか むしろ不思議だよ」 "

2012年1月25日水曜日

ダン・メイヤー:「数学クラス改造計画」

今日の数学はペイント・バイ・ナンバー型演習が当然で、その演習が得意になるように教えられており、子供は問題を解くよりも大切な定式化能力を失っている。TED×NYEDでダン・メイヤーは立ち止まって考える実証済み数学教授法を披露してくれる。
 



->ダン・メイヤー:「数学クラス改造計画」 (11:39)


現在の教科書では数学の問題を解くのに重要な情報が与えられ、答えに誘導していきます。

このやり方は現実の解決方法ではありません。

子供たちに議論させ、どの情報が必要かを判断させることが大切です。

2012年1月14日土曜日

ロビン・インス「科学は驚きを失わせてしまうのか?」

科学は命の魔法を台無しにしてしまうのでしょうか?気難しいけれど魅力的な独白を通じて、ロビン・インスはそうではないと語ります。宇宙の驚くべき性質を知れば知るほど、私たちは畏怖の念に打たれてしまうのです。
 



->ロビン・インス「科学は驚きを失わせてしまうのか?」 (08:38)


この講演者は科学を取り扱うラジオのパーソナリティーをしていて、科学の良さを論理的にではなく、感情的な視点で説明します。

2011年12月10日土曜日

テルマ・ゴールデン:芸術による文化の変革

ハーレムにあるスタジオ美術館で学芸員をしているテルマ・ゴールデンが、最近行った3つの展覧会を例に、芸術がどのように文化を再定義していくのかを語ります。彼女が関わった「黒人差別後」のアーティスト達は、自分達の作品を使って、人種と文化そして芸術の意味そのものについての新しい対話の機会を生み出しています。
 



->テルマ・ゴールデン:芸術による文化の変革 (12:29)


若い黒人の芸術家の作品が現代の社会でどう云う意味を持つか。


日本にいるからなのか、自分は黒人の差別の問題にはすごく疎いです。

このプレゼンを見ても、なぜ黒人のアーティストに絞らなければいけないか、なにを伝えたかったのかよくわかりませんでした。

2011年11月27日日曜日

エイミ・タンの創造性について

小説家エイミ・タンが、創作の過程について深く掘り下げ、彼女の創造性が生まれ出るヒントを探します。
 



->エイミ・タンの創造性について (22:49)


創造性とは何でしょうか、

脳の機能が人とは違うこと?

正直、このプレゼンでなにが言いたかったかはわかりませんでした。


とりあえず、いろんな考え方があるから相手の考え方に共感出来るようになれってことなのかな?



途中で物理(ダークマターや不確定性原理)と考えることの意味を結びつけていたことにビックリした。

2011年11月19日土曜日

デビッド・ホフマンがスプートニクマニアについて語る

映画監督であるデビッド・ホフマンが、彼のドキュメンタリーであるスプートニク・マニアについて語ります。これは旧ソビエト連邦が打ち上げたスプートニク号と、それが引き起こした宇宙競争と軍拡競争、さらには世界中の科学と数学教育におよぼした影響についても語ります。




->デビッド・ホフマンがスプートニクマニアについて語る (3:47)



映画「スプートニク」の監督を務めた、デビッド・ホフマンが、ロシアのスプートニクが世界にもたらした影響を語ります。

2011年10月13日木曜日

ジュリア・バッチャ:非暴力に注目を


2003年、パレスチナの村ブドゥルスは、10ヶ月にわたり非暴力デモを繰り広げ、村のオリーブ園を横切る壁の建設を中止させました。このことを知っていましたか? 答えはきっと「No」でしょう。ブラジル人映画監督ジュリア・バッチャがこう問いかけます。「どうしてイスラエル・パレスチナ紛争の武力衝突にばかり注目し、いつか平和をもたらすかもしれない非暴力の指導者を無視するのですか。」

 



->ジュリア・バッチャ:非暴力に注目を (10:52)


映画監督であるジュリア・バッチャは、人々の”注目”の力を信じています。

パレスチナのブルドゥスという村では、非暴力でもにより、パレスチナ政府が進めていた計画を変更させることに成功しました。

しかし、世界中の人はイスラエルとパレスチナの戦争は知っていても、そのことを知りません。

私達がするべきことは、非暴力デモをする前に、平和活動をしている人たちにに関心を持つことだと訴えます。

2011年10月6日木曜日

イザベル・ベーンケ:ボノボから人間へ、遊びという進化の贈り物


霊長類学者のイザベル・ベーンケ・イスキエルドが、見たことのないような映像を用いながら、類人猿のボノボたちがいかにして遊び-単独で行うもの、友達と、そして果ては性行為への前兆としての遊び-からさまざまなことを学んでいるかを示します。実際、遊びはボノボが問題を解決したり争いを避けたりする上で、重要な役割を果たしているように見えます。人間に近い類人猿でそんなことが起きているのですから、人間にとっても同じことが言えるのではないでしょうか?





->イザベル・ベーンケ:ボノボから人間へ、遊びという進化の贈り物 (7:01)


人間にとても近い種族としてボノボがいます。

彼らの生態を観察すると、遊びを通じて信頼や社会を築き上げている様子がみられます。

人間にとって大切なことは、必死に仕事をすることよりも遊びなのかもしれません。

そんなことを少しだけ考えさせてくれるプレゼンです。

2011年9月28日水曜日

マーク・パーゲル「言語能力が人類に与えた影響」


生物学者マーク・パーゲルは「どうして人間は言語という複雑なシステムを発展させたのか」という問に対して面白い学説を紹介します。言語は一種の「社会的技術」であり、そのおかげで原始人たちが「協力」という新しい強力な道具を手に入れることができたと彼は主張します。


 



->マーク・パーゲル「言語能力が人類に与えた影響」 (20:11)


人は、言語の獲得による契約と視覚的な模倣により技術を向上させてきました。


視覚的模倣を社会的に認めさせるためには言語による交渉が必要になります。


現代の社会では翻訳に非合理的なコストがかかりすぎていると語ります。

が彼のプレゼンの最後に述べられています。




以前、言語の違いにより思いつけるアイデアが違うから多言語は必要であるというプレゼンをみました。

文化を保存することも大切だと思いますが、自分は”一つの世界に一つの言語を”の意見に賛成です。

世界を1つの言語で統一することが出来れば、みんなが英語の学習に時間を取られずにすみます。


科学技術(翻訳アプリ)などでもいずれ解決できる問題だと思うけど、言語の壁にまだまだ悩まされている人は多いです。

子孫の時代には言語の壁に悩まなくなる世界になっていて欲しいですね。

2011年9月20日火曜日

サラ・ケイ「私にいるのがママでなく娘であるなら・・・」


「私にいるのがママでなく娘であるなら その子は私を“B地点”と呼ぶだろう・・・」で始まるこの講演で、スポークンワードの詩人サラ・ケイはTED2011の聴衆から2度のスタンディングオベーションを受けました。ニューヨークの「バワリー詩の会」で詩の世界に浸る目を丸くした十代の女の子だった頃から、Project V.O.I.C.E.を通して自己表現の力で子どもたちと繋がる教師になるまでの自らの変遷について彼女は語り、そして息をのむ2つのパフォーマンス「B」と「ヒロシマ」を披露します。

 



->サラ・ケイ「私にいるのがママでなく娘であるなら・・・」 (18:29)


スポークン・ワードというものをは初めて聴きました。
何でも難しく考えてしまう自分にとって、詩の繋がりがあまり理解できませんでしたが、そのうちこれを理解できるだけの力を身につけたい。



スポークン・ワード詩人であるサラ・ケイが彼女の人生と2つの作品を披露してくれます。

2011年9月15日木曜日

キャロライン・ケイシー: 限界の向こう側


活動家のキャロライン・ケイシーが、ある事実を打ち明け(何かはナイショ)、彼女自身の並外れた人生を物語ります。我々の物の見方を考えさせられるこの講演で、ケイシーは私たち自らがつくりだす限界を超えてほしいと語ります。

 



->キャロライン・ケイシー: 限界の向こう側 (15:34)


私たちは自分の能力にレッテルを張ってしまいます。

キャロライン・ケイシーは自らの経験を元に人は考え方と信念次第でなんでもできることを教えてくれます。

2011年9月10日土曜日

シュリン・ネスハット「追放の身の芸術」


自国に帰ることはできないが自国民に向けての発言力を持つ、イラン生まれの芸術家シュリン・ネスハットが、国外追放の身の芸術家のパラドックスを考察します。彼女は、作品中で力強いイラン人女性のイメージを通じて、イスラム革命をまたいだ政治的・社会的変革を探求します。

 



->シュリン・ネスハット「追放の身の芸術」 (10:44)


芸術は人の行動を変えることが出来ます。

彼女が作った映画はテヘランの人々に影響を与え運動を起こしました。

以前のイランでは女性は社会的に発言権がなく、そのエネルギーを感じる機会はあまりありませんでしたが、最近では女性のパワーによって革命が起きています。
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